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Wとの日々

バイクでも登山でも山に行きたい…。

甲斐武田氏の終わりとはじまり

今日は山梨まで遠駆けをしました。

第一の目的地は天目山です(意味不明?)。
天目山は甲州市の大和にある旧跡です。
何の旧跡かと云うと甲斐武田氏終焉の地です。

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武田勝頼公廟所ということはここが武田家終焉の地です。
勝頼公廟所ですが、ここは諏訪頼重息女との嫡子、勝頼公の息子(武田家の跡取り)の信勝公の墓も同じくしてあります。


このまま説明したいのですが今回の苦労を一寸。

自宅から首都高~中央道~圏央道を経由して奥多摩周遊路で遊ぼうと思っていたら積雪のため九頭竜神社の先は通行止めで仕方なく引き返してK33からK18経由でR411へ。3連休の中日とはいえ高速が混んでいたため遠回りの柳沢峠はお昼着でした。

しかし美しい富士が待ち構えてくれました。

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柳沢峠の主人に話を聞いたところ、今回の目的地のK218(大菩薩初鹿野線)は冬季閉鎖とのこと。
ここで昼食をとって助かりました。
※僕のツーリングマップルには冬季閉鎖の情報がなかったので…。

目的地のために塩山側から迂回し、R20を経由して目的地の景徳院へ。

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武田勝頼・北条夫人・信勝公の墓石です。
辞世の句も

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この景徳院には自害の場所といわれる勝頼公の生涯石もありました。

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そして少し奥に行くと世継ぎの信勝に継承したといわれる場所が。

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旗堅松といわれるところです。
ここ、で武田勝頼公は息子の信勝公に武田家重代の御旗(日本最古の日章旗)、楯無(森羅三郎義光公伝来の甲冑(現存する源氏八領の唯一))を継承したといわれます。

時代を考えると規模の大きい寺院ですが、武田家を思うと…。
そう感じながらJR甲斐大和駅前には立派な勝頼公像が!!

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37歳の若さですって!!

ここまでは武田氏の終わりでしたが今回は頑張って信玄公(晴信公)の生誕地に足を延ばすことにしました。

甲府市(躑躅が先館)の北側にある要害山城です。
もうここ、城というよりむしろ山です。

様々な曲輪、門跡を経由しました。

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この武田不動尊は江戸時代のものらしいです。

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ついに主郭へ。
そこには今回の目的の!!

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武田信玄公の生誕の場所です。

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どうやらこの史跡には当時からのものもある可能性がある。
と案内に書いてあったので主格部奥の庭石だったかもしれない石に触れてみた。
自己満足のためにこう思う。
『この庭石を信玄公も触れたかも…。』

主郭部まで僕の足で30分程度で散策できました。

探すとね…、スゴイッスヨ…。

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江戸時代作ですが武田不動尊のありました。

第2目的の要害山を堪能し、帰路へと向かいます。

少し山梨でしか手に入らない本を購入し、今回のツーは終わりました。

総計511K 26.7km/lと楽しい一日でした。

すべてのモノニ感謝!!
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  1. 2014/03/23(日) 01:00:40|
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